自由が丘の歯医者コラム
自由が丘の歯医者コラム
1994年に、私が初めてオッセオインテグレーションタイプのインプラントを埋入して以来、1990年代はまさにインプラント治療が大きく発展していった時代でした。
骨が足りなければ骨をつくる。
難しい症例にも外科的なテクニックを駆使してインプラントを埋入する。
患者さんのニーズに応えるために、さまざまな外科的オプションが次々と臨床に導入されていきました。
私自身も、それらの技術を実際に経験しました。
しかし、そこで目にしたものは、必ずしも華々しいものだけではありませんでした。
骨造成や高度な外科処置の後に生じる、軟組織の問題。
術後の腫れや痛み。
治癒過程で起こるさまざまな合併症。
その姿は、ときに思わず目を覆いたくなるほど痛々しいものでした。
「もっと患者さんの負担を減らすことはできないのか。」
「この問題を解決するためには、何が必要なのだろう。」
そう考えるようになりました。
そして、ひとつの答えにたどり着きます。
インプラントを学ぶだけでは足りない。
歯肉、つまり軟組織を扱う歯周治療を、もっと深く学ばなければならない。
私は渋谷区千駄ヶ谷にある西堀歯科医院の門を叩きました。
西堀雅一先生は、ペンシルバニア大学でモートン・アムステルダム教授から歯周補綴学を学ばれ、その後、日本人として初めて米国歯周病専門医の資格を取得された先生です。
さらに、歯周病治療の中にオッセオインテグレーション・インプラントを取り入れておられました。
私にとって西堀先生は、
歯周病学とインプラント学、その両方を学ぶことのできる先生
だったのです。
毎週金曜日。
私は西堀歯科医院の院内勉強会に参加する機会をいただきました。
それは、当時の私が抱えていた問題を克服するうえで、この上ない学びの場でした。
勉強会の内容は、非常に濃密なものでした。
歯周病学。
インプラント学。
そして、それらに関連するさまざまな歯科医学分野。
毎週、それらに関するエビデンスレベルの高い英文論文を読み、内容を検討する抄読会と、歯周病治療を中心とした症例発表会を交互に行いました。
論文を読む。
その結果を考える。
実際の患者さんの症例を見る。
そして、その治療について議論する。
単に「技術を教えてもらう」という勉強会ではありませんでした。
科学的な根拠と、目の前の患者さんの臨床をどう結びつけるのか。
それを毎週、真剣に考える時間だったのです。
1990年、学生だった私は、インプラントという新しい治療に「科学」を感じました。
その後、臨床に出て、インプラントの可能性と同時に、その限界や合併症も経験しました。
そして2000年。
私は再び、歯周病学という科学の中に戻ってきました。
ここから私のインプラント治療は、少しずつ形を変えていくことになります。
インプラントを入れることではなく、インプラントを長く機能させるために、何が必要なのか。
その答えを探す旅が、ここから始まったのです。