自由が丘の歯医者コラム

インプラント治療を習得するまで(part 5)

インプラントが「歯の代わり」になり始めた頃

国際デンタルアカデミー(IDA)で臨床歯科医師研修コースを受講していたのは、1994年のことです。

そこで私が学んだインプラント治療は、ブローネマルク・インプラントによる2回法のオッセオインテグレーション・システムでした。

学生時代に初めて耳にした「骨とインプラントが結合する」という考え方を、今度は臨床医として、より深く学ぶことになったのです。

インプラントを支える3つの柱

この頃、私にとって大きな学びとなった先生方がいます。

歯科大学の先輩にあたる一田英二先生、そして現在、Dental Concept 21を主宰されている中村社綱先生からは、インプラント治療における科学的知見と、歯周病学を背景とした外科手技の基礎を学びました。

そして、インプラントの咬合については、UCLAで補綴学を教えておられた保母須弥也先生からご指導いただきました。

そこで学んだのは、単に「インプラントを骨に埋める技術」ではありません。

軟組織をどう扱うのか。

オッセオインテグレーションをどのように確立するのか。

そして、その後の咬合をどのように維持していくのか。

インプラント治療を長期的に成立させるためには、この3つを別々に考えることはできません。

この時期に学んだことが、現在の私のインプラント治療における基本的な考え方の土台になっています。

学んだことを、実際の臨床で試したい

国際デンタルアカデミーでの研修を終えると、私はそこで学んだ歯科臨床を、実際の患者さんの治療で実践できる環境を探し始めました。

そして、港区・広尾にあった千賀デンタルクリニックの門を叩きました。

勤務医という立場で臨床をしていると、ひとつの現実に気づかされます。

どれほど新しい知識や技術を学んでも、実際の治療は、勤務している診療所の治療方針に大きく左右されます。

使用する材料。

治療方法。

診断や治療計画に対する考え方。

そして、歯科技工士との連携。

自分が学んだことを、そのまま臨床に生かせるとは限りません。

だからこそ、私は「学んだことを実践できる環境」を求めていました。

千賀デンタルクリニックとの出会い

千賀デンタルクリニックを開業されていた千賀保彦先生は、米国タフツ大学で高齢者歯科を学ばれた先生でした。

また、米国タフツ大学の補綴学講座で教鞭を執られ、その後、港区青山一丁目で開業されていた田中宏先生の門下生でもありました。

千賀先生はタフツ大学でIMZシステムを学ばれており、当時のインプラント治療について、私とはまた違った臨床経験を持っておられました。

そして、ここで私は、インプラントの歴史がまさに動いていることを実感することになります。

1996年。新しいインプラントの登場

1996年頃、アンキロス・インプラント・システムが臨床で使用されるようになりました。

それまで主流だったシリンダー型のインプラントとは異なる、スクリュー型のルートフォーム(歯根形態)を持つインプラントです。

当時の私には、そのデザインがとても斬新に映りました。

さらに、

プラットフォームスイッチング。

インターナルコネクション。

現在では多くのインプラントシステムで採用されている考え方の源流ともいえる設計思想が、すでにそこにありました。

千賀先生は、このアンキロス・インプラントに早くから着目され、臨床認可後は多くの症例でこのシステムを使用されていました。

私は、その臨床を間近で見ることになったのです。

インプラントの役割が変わり始めた

ここで、インプラント治療そのものの役割も、大きく変わり始めていました。

それまでインプラントは、どちらかというと入れ歯を支えるための固定源として利用される場面が多くありました。

ところが、スクリュー型のルートフォーム・インプラントが発展し、オッセオインテグレーションという考え方が臨床に定着していくにつれて、

「失った歯の代わりに、インプラントを1本使う」

という治療が、少しずつ現実のものになっていきました。

これは、私にとって非常に大きな変化でした。

第2話、第3話で書いたように、私が最初に目にしたブレードタイプのインプラント治療では、一本の歯を失ったことから始まった治療が、周囲の健全な歯を削り、連結し、口腔全体を巻き込んだ補綴治療へと広がっていくことがありました。

ところが、オッセオインテグレーションを獲得したインプラントは違います。

失われた歯の場所に、人工歯根を設置する。

そして、その上に一本の歯を作る。

もちろん、実際の臨床はそれほど単純ではありません。

  • 骨の状態
  • 歯周組織
  • 咬合
  • 補綴設計
  • メインテナンス

さまざまな条件を考えなければなりません。

それでも、

「失った歯を補うために、残っている健全な歯をできるだけ犠牲にしない」

という考え方が、現実の治療として見えてきたのです。

私が求めていたインプラント治療

1990年、学生だった私は、恩師からブローネマルク・インプラントの話を聞きました。

そこに感じたのは、単なる新しい治療技術への興味ではありませんでした。

科学的な根拠に基づいて、失われた歯の機能を回復する。

そんな歯科医療への期待でした。

その後、卒業して初めて経験したインプラント治療に疑問を抱き、国際デンタルアカデミーで補綴学とオッセオインテグレーション・インプラントを学び、そして千賀先生のもとで新しいインプラント治療の臨床を目の当たりにする。

振り返ってみると、1990年代の数年間は、私にとってまさにインプラント治療の進化とともに歩んだ時間でした。

そして、ようやく私は、

「これが、学生時代に私が魅了されたインプラントなのかもしれない」

と思える治療に近づいていったのです。

しかし、ここから先には、また別の問題が待っていました。

インプラントは、埋めれば終わりではありません。

「入れたインプラントを、どうすれば長く機能させることができるのか。」

次に私が向き合うことになったのは、その問いでした。

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