自由が丘の歯医者コラム

インプラント治療を習得するまで(part 6)

骨をつくれば、インプラントはできるのか

歯を失う原因は、大きく分けると二つあります。

ひとつは、むし歯が進行して歯を保存できなくなるケース。

もうひとつは、歯周病によって歯を支えている骨が失われ、最終的に歯を残せなくなるケースです。

そして、この二つには、歯を抜いた後の顎の骨の状態に大きな違いがあります。

「歯を残す」ことにこだわった診療所

私が勤務していた広尾の千賀デンタルクリニックは、歯をできるだけ保存することに力を入れている診療所でした。

そのため、そこでインプラント治療を必要とする患者さんの多くは、長年の歯周病によって歯を失った方でした。

歯周病で歯を失った顎では、歯を支えていた歯槽骨そのものが大きく吸収していることがあります。

つまり、

「歯がないからインプラントを入れればいい」

というほど、話は簡単ではありません。

インプラントを埋入するための骨が足りない。

そこで必要になってくるのが、歯槽骨造成でした。

骨を「つくる」という新しい発想

1990年代半ばは、歯科インプラント治療における骨造成の技術が大きく発展し始めた時期でした。

NymanやBuserらによる研究によって、GTRメンブレンを用いた組織再生や、自家骨移植を組み合わせた骨造成の考え方が臨床に取り入れられるようになっていました。

千賀デンタルクリニックでも、こうした新しい技術をいち早く臨床に取り入れていました。

私もそこで、骨造成を併用したスクリュー型インプラントの埋入を経験することになります。

当時の私にとって、それはとても魅力的な治療でした。

「骨がなければ、骨をつくればいい。」

そうすれば、これまでインプラント治療を諦めざるを得なかった患者さんにも、治療の可能性が生まれます。

特に、失った歯が多く、ブリッジによる治療が難しい患者さんにとっては、それまで「入れ歯」という選択肢しかなかったところに、新たな治療の道が開かれることになります。

インプラント治療の進歩は、確かに多くの患者さんにとって大きな福音でした。

しかし、臨床を経験するにつれて、私は別のことにも気づき始めました。

骨をつくるための代償

骨造成には、大きなメリットがあります。

しかし、その一方で、患者さんの身体的負担も小さくありません。

特に自家骨を採取する場合には、インプラントを埋める手術だけでは済みません。

骨を採取するための外科処置が必要になります。

手術範囲が広がる。

侵襲が大きくなる。

術後の腫れや痛みが増える。

感染などの術後合併症のリスクも考えなければならない。

つまり、インプラントを入れるために骨をつくることは、

「足りないものを補う」

だけではなく、

「患者さんの身体に、もうひとつの外科的負担を加える」

ということでもありました。

私は実際にその臨床を経験することで、その事実を身をもって知ることになります。

「できる」と「やるべき」は違う

どんな医療にも、メリットとデメリットがあります。

治療によって得られる利益がある一方で、身体的な負担や合併症のリスクもあります。

問題は、そのバランスです。

その治療によって患者さんが得られるものは何なのか。

そのために、どれだけの侵襲を受け入れていただく必要があるのか。

そして、その治療が長期的にどれほど予測できるものなのか。

私が骨造成を経験する中で、次第に強く意識するようになったのが、この考え方でした。

「技術的にできるからといって、それを患者さんに勧めるべきとは限らない。」

これは、現在の私の治療計画にもつながっている考え方です。

エビデンスは、どこまで答えてくれるのか

もうひとつ、私が気になっていたことがありました。

それは、骨造成に関する研究の長期的なエビデンスでした。

1990年代当時、骨造成に関する新しい術式や研究報告は次々と発表されていました。

しかし、それらの治療が長期的にどのような結果をもたらすのか。

その後、患者さんを長期間追跡した研究は、決して十分とは言えませんでした。

この点は、私にとって非常に重要でした。

新しい治療法が発表される。

良好な結果が報告される。

それならば、その治療は素晴らしい。

本当にそうなのだろうか。

「短期的にうまくいった」ことと、「長期的に患者さんにとって良い治療である」ことは、同じではありません。

この疑問を持って文献を読み始めると、さらに興味深いことが分かってきました。

Cochrane Reviewが示したこと

2000年代に入り、骨造成を伴うインプラント治療についても、システマティックレビューによって既存の研究をまとめて評価する試みが行われるようになりました。

EspositoらによるCochrane Reviewでは、骨造成に関する研究について、対象となった患者数が少なく、観察期間も短い研究が多いこと、また結果に偏りが生じる可能性について指摘されています。

つまり、

「新しい技術だから期待できる」

ということと、

「長期的な臨床結果が十分に確認されている」

ということは、別の問題だったのです。

さらに当時、ヨーロッパのインプラント学会などでも、骨造成を伴うインプラント治療の長期的な予後について慎重な見方が示されていることを知りました。

このことも、私が骨造成に対して慎重になる大きなきっかけとなりました。

私は「骨造成をしない歯科医師」になったのか

ここは、誤解してほしくないところです。

私は、骨造成という治療技術そのものを否定しているわけではありません。

現在でも、適切な診断のもとで骨造成が有効な治療手段となるケースはあります。

ただ、1990年代に骨造成を伴うインプラント治療を経験した私は、

「そこまでしてインプラントを入れる必要があるのだろうか?」

と考えるようになりました。

骨造成が必要になる難しい症例に対して、無理にインプラント治療を行わない。

場合によっては、別の補綴治療を選択する。

それは、インプラント治療を否定することではありません。

むしろ、

インプラントを本当に必要とする患者さんに、適切な条件で行う。

そのための、ひとつの保守的な治療計画だったのです。

「できる治療」より「必要な治療」

インプラント治療は、技術が進歩するほど、できることが増えていきます。

骨がなければ骨をつくる。

難しい場所にも埋入する。

以前なら諦めていた症例にも、治療の可能性が生まれる。

それは医学の進歩として、とても素晴らしいことです。

しかし同時に、私はひとつのことを学びました。

治療の可能性が広がることと、治療を行うべき患者さんが増えることは、同じではない。

患者さんにとって本当に必要なのか。

身体的な負担に見合うだけの利益があるのか。

そして、その治療を長期的に支持するだけの根拠があるのか。

この問いを持つことが、私にとってインプラント治療を考えるうえで、とても重要になっていきました。

そして、この頃から私は、インプラントを「入れる技術」だけではなく、

「どの患者さんに、どのような条件で、どこまで治療するのか」

という治療計画そのものを、より深く考えるようになったのです。