自由が丘の歯医者コラム
自由が丘の歯医者コラム
ブレードタイプのインプラント治療に感じた疑問を、誰かが解決してくれるわけではありません。
当然のことですが、最後は自分自身で答えを見つけるしかありませんでした。
そんな折、大学時代に解剖学を教えていただいた先生と、偶然再会する機会がありました。
私は、卒業後の臨床で感じていた悩みを、その先生に率直に相談しました。
「大学で学んだインプラントと、今、臨床で行っているインプラントが違うんです。」
「自分がやっている治療に、どうしても納得できないところがあります。」
そんな私の話を聞いた先生が、ある歯科医学教育機関に通うことを勧めてくださいました。
その場所が、国際デンタルアカデミーでした。
国際デンタルアカデミーを主宰されていたのは、UCLAで補綴学の教鞭を執られていた保母須弥也先生でした。
そこでは、当時の日本ではまだ十分に普及していなかったアメリカの補綴学を、日本にいながら体系的に学ぶ機会が提供されていました。
私にとっては、まさにもう一度、大学で学び直しているような感覚でした。
しかし、学生時代とはひとつ違うことがありました。
今度は、すでに患者さんを診て、臨床の現実を知ったうえで学んでいるのです。
だからこそ、講義で語られるひとつひとつの理論が、以前とはまったく違った意味を持って迫ってきました。
1年間という短いトレーニングでしたが、私にとっては非常に濃密な時間でした。
何より面白かったのは、単に「こうやって治療する」という技術を教わるのではなく、
「なぜ、そうするのか」
というところまで遡って考えることができたことです。
例えば、フルマウスリコンストラクション(全顎的な補綴治療)では、
中心位の採得から始まり、
フェイスボウトランスファー。
咬合器への付着。
診断用ワックスアップ。
前歯誘導の設定。
リマウント。
そして中心位でのチェック。
一見すると、非常に細かな手順の積み重ねです。
しかし、それぞれには意味があり、そのひとつひとつが最終的な補綴治療につながっている。
それまで「技術」として捉えていたものが、ひとつの論理としてつながっていく感覚がありました。
そして、私にとってこの学びが特別だったのは、講義を聞いて終わりではなかったことです。
学んだことを、来る日も来る日も実際の臨床にフィードバックしました。
理論を学ぶ。
患者さんを診る。
実際に治療する。
そして、その結果をもう一度考える。
「この理論は、実際の患者さんの口の中でも成立するのか?」
「自分の技術で、その理論を再現できているのか?」
「思ったような結果にならなかったのは、理論の問題なのか、それとも自分の技術の問題なのか?」
そんなことを考えながら、毎日の臨床に向き合いました。
今振り返ってみると、あの1年間は、私にとってエビデンスと臨床の整合性を自分自身で確かめる時間だったのだと思います。

歯科医師になったばかりの頃、私は「インプラントとは何なのか」という疑問を抱えていました。
その答えを求めて学び始めたはずでした。
ところが、学んでいくうちに、興味の対象はインプラントだけではなくなっていきました。
咬合とは何なのか。
歯を失ったとき、どのように機能を回復させるのか。
残っている歯をどう守るのか。
補綴物を長期的に機能させるには何が必要なのか。
そして、治療のひとつひとつを、どのような根拠に基づいて組み立てるべきなのか。
それまで点として存在していた知識が、少しずつ線になっていきました。
そして何より、歯科臨床を学ぶことそのものが、とても面白くなっていったのです。
朝から晩まで補綴臨床のことを考えている。
昨日学んだことを今日の患者さんで試してみる。
うまくいかなければ、なぜなのかを考える。
また学ぶ。
そんな毎日でした。
歯科医師になって間もない私にとって、国際デンタルアカデミーで過ごした1年間は、単なる技術研修ではありませんでした。
それは、
「自分がどのような歯科医師になりたいのか」
を考え始めた時間でもあったのです。
そして、ここで身につけた補綴臨床の考え方は、その後の私のインプラント治療を支える、ひとつの大きな土台になっていきました。