本記事では、歯科インプラント分野における「Evidence Level(エビデンスレベル)」の実態を、主要メーカーの論文調査データをもとに解説します。EBM(Evidence-Based Medicine)に基づく治療選択のために、論文の質をどのように捉えるべきかを明確にします。
歯科インプラント研究の Evidence Level は高いのか?
これまでに EBM(Evidence-Based Medicine) について整理してきました。 本稿では「EBM を歯科臨床でどのように活かすか」を考える前提として、まず歯科インプラント分野の論文が、どのレベルのエビデンスに基づいているのかを検証します。
科学文献の質は分野によって差がありますが、インプラント論文の Evidence Level の一般的傾向を把握することは、臨床判断に大きく寄与します。
2005年・Mayo Clinic(Eckert)の調査:主要インプラントメーカーの論文質を評価
2005年、米国のインプラント学会誌に興味深い論文が報告されました。
Comparison of dental implant systems: quality of clinical evidence and prediction of 5-year survival JOMI 2005
ミネソタ州 Mayo 医科大学の Steven E. Eckert 先生 が、米国で流通している ADA認可インプラントメーカーに対し、 各社が採用している学術論文の提出を依頼し、その Evidence Level を評価したものです。
調査対象となったメーカー
- Astra Tech
- Centerpulse
- Dentsply / Friadent(※提出拒否)
- Implant Innovations
- Nobel Biocare
- Straumann
Dentsply/Friadent は文献提出を拒否したため、残る5社から合計69本の論文が提出され、そのうち内容を吟味できた59本が解析対象となりました。
解析結果:歯科インプラント論文の大半は Evidence-Level が低い

調査された論文の大部分は、臨床観察研究(Non-experimental study) や臨床医によるコメント論文に該当し、 RCT(ランダム化比較試験)などの高い Evidence Level を持つものは少ないという結果でした。
つまり、多くのインプラントメーカーが提示する研究エビデンスは、厳密な科学的根拠としては弱いという現実が示されたのです。
※補足:なお、当院では提出を拒否した Dentsply 社のインプラントを現在も主要システムとして使用しています。 その理由については別の機会に詳述いたします。
メーカー側の課題:設計デザインの情報が公開されない現実
Eckert 先生は論文の考察で次のように述べています。
「インプラントデザインはメーカーによって独自の特徴があるにもかかわらず、 その根拠となる重要な情報はユーザーである臨床医に届けられていない。」
これはつまり、臨床医が十分な情報に基づいてインプラントシステムを選択できないという問題を示唆しています。
Evidence を重視する立場からすると、非常に大きな課題です。
日本のインプラントメーカー論文:PubMedで「0件」という事実
では、日本国内メーカーのインプラント論文はどうでしょうか? 結論としては、PubMedで1件もヒットしない=客観的評価が不可能 という状況です。
「リーズナブル」を売りにする国産インプラントも存在しますが、その生存率や長期成績を示すデータは公表されていません。
患者さんへの負担を減らしたい臨床医としては、国産メーカーによる正確で透明性のあるデータ公開を強く望みます。
まとめ:インプラント治療は「Evidence」を正しく評価して選ぶ時代へ
歯科インプラントは高い成功率を誇る治療法ですが、その裏側にある「科学的根拠」が十分でないケースも少なくありません。
- メーカーの論文は Evidence Level が低い傾向
- 設計データの非公開が多い
- 日本のインプラントメーカーは PubMed 論文が0件
患者の利益を守るためには、臨床医自身が論文の質を評価できる知識と、透明性のあるデータを求める姿勢が不可欠です。



