Evidence-Based Dentistry(エビデンスに基づく歯科医療:EBM)は、 「患者さんにとって最適な治療方法を選ぶために、科学的根拠と臨床経験、そして患者さんの価値観を統合する」という考え方です。
今回はEBMの核心である「臨床上の疑問をどのように明確にするのか」というテーマを中心に、 歯科臨床での活用方法をわかりやすく整理します。
なぜ臨床上の疑問を明確にする必要があるのか?
大学教育で使用する教科書や国家試験の臨床問題では、典型的で明確な臨床症状が提示されることが多いですが、 実際の臨床では症状の現れ方は多様であり、診断に必要な情報は自ら積極的に収集する必要があります。
この過程で必ず浮かび上がるのが「臨床上の疑問」です。Sackettらはこれを次の2つに分類しました。
● Foreground Question(個別症例に対する具体的な疑問)
例:「目の前にいる歯周病患者さんにはどのような治療が最も適しているのか?」
● Background Question(一般的な医学的知識に関する疑問)
例:「歯周病の病態はどのように分類されているのか?」
この2つの疑問を整理することが、EBMの出発点となります。
EBMで重要な視点:他者の治療法はそのまま使えない
学会の講演や著名な先生の症例報告を臨床に取り入れても、必ずしも同じ結果が得られないことがあります。 それは「別の患者さん・別の条件」で行われた治療結果を、そのまま当てはめることになるからです。
EBMとは「目の前の患者さんの状況に応じて根拠を探し、適切に判断すること」であり、 個々の症例に合わせたアプローチが不可欠です。
そのためにも、臨床上の疑問を整理し、論文を読み解く習慣を持つことが大切です。
臨床の疑問を整理する際に役立つ9つの視点
頻度・異常・原因・診断・予後・リスク・治療・予防・コスト
PECO(PICO)とは?|臨床疑問を定式化するフレームワーク
PECO(またはPICO)は、Foreground Questionを論理的に整理するためのフレームワークです。
- P:Patient|患者像
- E:Exposure(Intervention)|介入・治療方法
- C:Comparison|比較対象
- O:Outcome|治療結果・影響
例: 「奥歯を失い全身疾患リスクのある患者さんに対して、 長期的な科学的データが少ないインプラント治療は、 従来の入れ歯治療と比べて将来的な顎骨へのリスクはどうか?」
このように、疑問を言語化することで必要な文献が明確になり、EBMを進めやすくなります。
Outcome(アウトカム)を正しく理解する
臨床家が最も知りたい情報は「治療の結果(Outcome)」ですが、Outcomeには狭義と広義があります。
● 狭義のOutcome
治療によって得られる効果のみを指す結果
● 広義のOutcome
効果だけでなく、副作用やデメリット、患者さんに生じ得るすべての現象を含む結果 → EBMでは広義のOutcomeを理解することが重要です。
歯科領域の研究では、特にスポンサーの影響によるバイアスが発生しやすいため、 結果の読み解きには注意が必要です。
論文を批判的に読み解く(クリティカル・アプレイザル)の重要性
EBMでは「論文を吟味する」ことが必須です。 これは単に英語論文を読むことではなく、以下を確認する作業を指します。
JAMA「診療ガイドのガイドライン」で示される"捨てる"思想
- 研究方法(Materials & Methods)が妥当でなければ読む必要はない
- 結果(Outcome)の解釈が妥当でなければ読む意味がない
- EBMの観点で臨床に役立たなければ採用する価値はない
結局、EBMに利用できるのは 「疑問の定式化に適合し、材料と方法が妥当で、結果解釈も正しく、臨床に反映可能な論文」 のみということです。
批判的吟味力は一朝一夕で身につくものではありません。 継続して論文を読み、比較し、理解を深めることで確実に臨床力の向上につながります。
まずは「週に1本の論文を読む」ことから始めてみてはいかがでしょうか。



