「インプラントは抜歯と同時に入れた方が骨が減らないのでは?」というご質問をいただくことがあります。実はこの考え方は、2000年代前半までは歯科界でも広く信じられていました。しかし、その後の研究の積み重ねによって、この前提は大きく見直されています。ここでは、インプラント埋入のタイミングに関する考え方がどのように変わってきたのか、根拠となった研究とともに解説します。
かつての考え方:「即時に埋入すれば骨は保たれる」
2000年代前半、インプラント治療の分野では「抜歯と同時にインプラントを埋入すれば、骨が抜歯後の吸収から保護される」という考え方が広く受け入れられていました。
抜歯した部位にすぐインプラントを入れることで、あたかも歯根がそこにあり続けるかのように骨を支え、吸収を防げるはずだ、という発想です。
この考え方に基づき、「抜歯即時埋入」が積極的に選択される時期がありました(Buser, 2017)。当院でも、かつては抜歯後早い段階で埋入する「早期埋入」プロトコルを採用していました。
転機となった研究:骨吸収は埋入のタイミングを問わず起こる
この前提を大きく揺るがしたのが、海外の大学の研究グループがイヌを用いて行った一連の実験的研究です。
この研究では抜歯後の骨の変化を詳細に観察し、抜歯そのものによって頬側(唇側)の薄い皮質骨(束状骨)が生理的に吸収されてしまうことを確認しました。
さらに続く研究(Araújo, 2006)では、抜歯した部位に同時にインプラントを埋入した場合でも、この頬側骨の吸収は防げないことが示されました。つまり「インプラントを入れれば骨が保たれる」という当初の前提そのものが、実験的に否定されたのです。
ポイント:これらの基礎となる報告はイヌを用いた実験的研究であり、そのままヒトの臨床結果と同一視することはできません。ただし、その後のヒトを対象としたCBCT(歯科用CT)研究でも同様の傾向が繰り返し確認されており、現在では種を超えて共通する生物学的な現象として広く受け入れられています。
その後の研究の広がり:頬側の薄い骨ほどリスクが高い
その後の研究で、この頬側骨の吸収は特に「もともと骨が薄い部位」で顕著であることが明らかになってきました。国際的な学会のコンセンサス会議の報告(Hämmerle, 2012)では、抜歯即時埋入で審美的トラブル(歯肉退縮)が生じるリスク因子として、喫煙・頬側骨壁が薄い(1mm未満)こと・軟組織が薄いタイプであること・インプラントの唇側寄りの位置が挙げられています。
その後発表された包括的なレビューでも、抜歯即時埋入が推奨されるのは「頬側骨壁が1mmを超える厚みで完全に保たれている」「歯肉が厚いタイプ」「感染がない」など理想的な条件が揃った場合に限られ、実際にこの条件を満たす症例は審美領域の抜歯全体の5〜10%程度に過ぎないと報告されています。
さらに、複数の臨床試験を統合した解析では、抜歯即時埋入のインプラント生存率(94.9%)が待時埋入(98.9%)より統計的に有意に低いことも示されており、この差は主に早期脱落によるものでした。
エビデンスを受けた発想の転換:リッジプリザベーション(Ridge Preservation)
こうした研究の積み重ねを受けて、歯科界全体の発想は「インプラントを入れるタイミングを工夫する」ことから、「骨そのものを積極的に保存・造成する」ことへと移っていきました。
これが「リッジプリザベーション(歯槽骨温存療法)」と呼ばれる手法です。
複数の臨床試験を統合した解析では、抜歯窩への骨造成によって平均3.3mmの骨幅の獲得が得られることが報告されており、国際的な学会のワークショップ(Hämmerle, 2012)でも、リッジプリザベーションは「予知性の高い、確立された処置」と結論づけられています。
なお、ヒトを対象とした比較試験では、骨造成を行った抜歯窩でも頬側骨壁の高さそのものは無処置の対照群と同程度に減少した一方、抜歯窩全体の断面積(ボリューム)の減少は無処置群の約25%に対し骨造成群では約3%に留まったことが示されています。
つまり骨造成は「頬側骨の高さの減少」を完全には防げないものの、「歯槽骨全体のボリューム」を保つ効果は明確に確認されています。
当院がプロトコルを変更した理由
当院でも2011年9月、院内で参加しているISCT(Interdisciplinary Study Club Tokyo)の抄読会で、まさにこのテーマを扱った論文(海外の大学による研究等)を検討する機会があり、「抜歯と同時にインプラントを埋入しても、歯槽骨頂幅は一定程度減少する」という研究結果に触れました。
従来考えられてきた「即時埋入によるソケットプリザベーション効果」は限定的であることが示唆された、印象深い勉強会でした。当時の記録を「インプラント埋入と骨吸収:最新知見から考える治療戦略」としてブログに記しています。
こうした研究結果への継続的な接触を踏まえ、当院では以前採用していた早期埋入プロトコルから、現在の「待時埋入(抜歯窩の骨造成を行い、骨が安定してから埋入する)」プロトコルへと方針を更新しました。
これは「以前の方法が誤っていた」ということではなく、新しい研究結果が積み重なるにつれて、より安全性の高い方法へと標準を更新したという経緯です。
歯科医療は日々研究が進む分野であり、当院では常に最新の知見を確認し、必要であれば従来のプロトコルを見直す姿勢を大切にしています。
現在の当院の方針
現在当院で標準として採用している待時埋入プロトコルの詳しい流れ(抜歯後の骨造成→骨の安定を待つ→インプラント埋入→骨結合を待つ、という手順)については、別記事「インプラントはどれくらいで噛めるようになる?治療の流れと安全性について」で詳しく解説しています。あわせてご覧ください。
治療の限界・不確実性
- 骨造成を行っても、骨の状態によっては期待通りに骨が造成されない場合があります。
- 待時埋入プロトコルは治療期間が長くなる傾向があり、すぐに噛めることを希望される方には適さない場合があります。
- 個々の患者さんの骨質・年齢・全身状態によって、実際の骨吸収の程度や治療結果には個人差があります。ここで紹介した研究結果は集団としての傾向であり、個別の結果を保証するものではありません。
- 抜歯即時埋入自体が禁忌というわけではなく、骨の厚み・感染の有無等の条件が整えば選択肢となり得ます。最終的な適応判断は、診察の上で個別に行います。
参考文献・関連論文(抜粋)
- Araújo MG, Lindhe J. Dimensional ridge alterations following tooth extraction. An experimental study in the dog. J Clin Periodontol. 2005;32(2):212-218.
- Araújo MG, Sukekava F, Wennström JL, Lindhe J. Tissue modeling following implant placement in fresh extraction sockets. Clin Oral Implants Res. 2006;17(6):615-624.
- Hämmerle CHF, Araújo MG, Simion M; Osteology Consensus Group 2011. Evidence-based knowledge on the biology and treatment of extraction sockets. Clin Oral Implants Res. 2012;23(Suppl 5):80-82.
- Buser D, Chappuis V, Belser UC, Chen S. Implant placement post extraction in esthetic single tooth sites: when immediate, when early, when late? Periodontology 2000. 2017;73(1):84-102.